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あんざいとの出会い
とある日、現会長h-mayuの進めでこのお店に行ってみた事がきっかけだった。当時、同じ手稲区ということもあり、進められるがまま機会を作り行って
見ることにした。きっと、h-mayuと出会っていなければこのあんざいとも出会うことは無かっただろう。あんざいに行くまでは「食い放題」の焼肉屋以外には
ほとんど行ったことが無かった。どちらかといえば肉は質より量と考えていた為、一皿何円という値段設定には興味も無かったのである。しかしこの考え方も、
初めてあんざいで食す時に簡単に崩れ去るのである。
初めてあんざいを訪れた。さすがに一人で焼肉屋に行くことは気が引けた為、今のかみさんを連れて訪問した。ところが店の前まで来ると、タイミング良く
お店から出てきた店主に「すみません、お肉切らしちゃったんです」と言われてしまう。残念ながら、品切れで閉店するところだったのだ。ちょうど、
暖簾を下げに外に出てきたのであろう。それも無理もない。訪れたのは夜の10時をゆうに回っており、今考えれば10時に入店する方がおかしいくらいである。
よっぽどの人気のお店なんだろうと逆に期待が膨らみ、次回の訪問がとても楽しみになった。そしてその日は、すっかり焼肉の気分の日だったため、
お隣の焼肉屋に入り、空腹を満たした。
次にあんざいを訪れたのはいつだったろう。それほど日にちは経っていなかったと思う。その日は前回を教訓として7時頃に入店をした。暖簾をくぐり
入り口の引き戸を開け中に入ると充満している焼肉のにほい・・・。たまらない。入り口直ぐにカウンターがあり、何名かの先客がうまそうに箸を進めている。
カウンターの向には調理場があり、前回に声を掛けてくれた店主と若い男女の店員が忙しそうに仕事をしているのだった。そして早速、話だけに聞いていた
あんざいのホルモンを食すこととなった・・・。
それからである。ひどい時には毎週あんざいに入り浸った。誰かと会うのではなく、「あんざいのホルモン」を食べたいが為に足を運んだ。気がつけば
すっかりと常連となり、顔も覚えられていた。やがてnkjは結婚を迎え、あんざいの店主からは祝電を頂いた。感謝である。結婚パーティーの祝電の
紹介の中で「あんざい」の名前が出た時、会場が盛り上がったことは言うまでもない・・・。
手稲には3年ほど住んだ。それから転職を機に東区へと移り住むこととなった。引っ越す前は目と鼻の先の位置にあったあんざいが車でも30分はかかる
場所に離れてしまうことに心から悲しく思った。手稲を離れることが最も恐れていたことだったのだ。その後、結婚を機に厚別へと移った。更に遠くなった。
そこが現在の住居なのだが、車で約1時間はかかる場所である。「あんざい友の会」が結成された当時、メンバーの殆どが同じ職場だったのだが、
それも時を経ることによってそれぞれの道を歩み始めた。それに伴なって「あんざい友の会」として場を設けて集まる機会も少しずつ少なくなってきている。
それぞれ勝手に^^;○○支部長を名乗り活動?をしている(た)が、それもあまり活発ではなくなってきている。かろうじて会長であるh-mayu、厚別支部長
であるnkj、西支部長であるzakが活動は行なっているのだが、目に見える進歩も交わりも殆どない。「あん友」最大の危機を乗り越え、今ここに
活動の活性化とあんざいの更なる発展の一助となるために、本来の目的の一つである「インターネット上であんざいを広めていく」活動を進めていきたい。
以前に、ホームページ上であんざいを紹介していることを店主に告げた。とても興味をもって話を聞いてくれ、逆に「まだ検索エンジンには引っかからない」
という一言も頂いた。携帯のオンラインクーポンにも掲載したことがあったようだが、なかなか難しいらしい。そうならば、このあんざい友の会として
「あんざい」の名前を世に知らしめることが一つの課題でもある。
これまで会長h-mayuの作成したオンラインクーポンも店主公認としていただき、何度か利用させて頂いた。他にも嬉しいサービスを頂いたりした。
しかし、あん友としてそれに報いる何かをしただろうか?あん友が無くともこのあんざいは発展していくことだろう。しかし、あん友の活動が目立たなくなって
きた今、会長とも手を組んで?厚別支部として新たなスタートを切る決意をしたのである。これまでの恩に報いるために、活動の再開をここに誓う。 |
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